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2016年05月06日

「素敵なママ」を装うFacebook投稿って意味ある? ママになった女友達たちへ

提供元: messy|メッシー

Photo by Oleg Sidorenko from Flickr

「はるちゃん、ほんと変わってないよね~。ママになっても変わらなくて安心した(笑)」

 これ、ごくまれに更新する私のFacebookに、つきがちなコメントです。相手は主に、小・中・高校の同級生。ちなみに、社会人以降知り合った方々からは、こういったコメントはつきません。

 このコメントがつくと、私はモヤッとします。ある種の“マウンティング”なんじゃないかと思っています。

 FBは全国民の共通認識として、常に意識高くあるべき場所かと思いますが、結婚して出産もした30代女性であるにもかかわらず、そんな意識高い場所にくだらない書き込みをする私のような人間は、彼女から「私たちは大人になってくだらないこと卒業したけど、あなたは当時と変わってない子どものままね」と微笑まれてるってことなんじゃないかなーと思うんです。

 それだけなら別にいいんです。いいんですよ、どうせ私は、マウンティングされやすい女ですから……。ですが、素通りできないのが後半のこれです。

「ママになっても変わらなくて安心した(笑)」

 これ、言い換えると、「出産したら普通、変わるっしょ?」ということですよね。たしかにそうです、彼女たちは“変わり”ました。

 どんくさいクラスメイトをイジメていたあの娘も、イケてるグループに所属したくてでもパギャルで仲間に入れなかったあの娘も、「あそこに泣いてるおかっぱの女の子が見える! りんぴょうとうしゃ!」と祓っていたあの娘も、ヤリマンビッチだったあの娘も。Facebookから垣間見える“今”は、鎌倉のママ友宅でホムパしたり、お洒落なテーブルクロスをバックに小技の効いた緻密なキャラ弁を撮影したり、星野リゾートで久々に夫とふたりだけでまったりしたり、多数の子どもも被害に遭った連日の震災関連ニュースに胸を痛めて何か支援をしたいけど情報が錯綜してるから何が正しいのか見極めないとダメだから容易に動けないよね! だったり――。FB上では彼女たち、母親になってめっちゃ“変わった”ように見えます。

 かたや、かつてメンヘラさせ子だった私が投稿するのは、「大好きなミュージシャンのライブにいったら、おっかけしてた時代のしょっぱいあれこれを思い出した」とか、「母乳が詰まって乳腺炎になりかけたから“おっぱい先生”におっぱいマッサージしてもらいに行ったけど、“おっぱいおじさん”って儲かりそうじゃね?」とか、心底くだらない日常であり、意識が高くないままで……。とりあえず、“母親”っぽい投稿をすることは全くありません。というか産前と産後で、投稿内容や方向性が変わったりはしておらず。だから「変わらないね~☆」と言われればまあそうなのですが、母親になったからといって家族ネタを充実させようとも思えないんです。

出産投稿がちょっとアレ…

 FB投稿記事のコメント欄では、第一子出産直後にそのことを投稿した記事についたコメントが一番びっくらこきました。とにかく辛く痛かった、まんこの中でパンをこねられているかのような拷問だった、といった、“私”として出産についての率直な感想をアップしたのです。すると……。

「がんばって出てきた赤ちゃんが一番辛かったと思うの。だから、赤ちゃんに『お疲れさま』って言わせてね☆」

 ちょ、ちょっと待って。あなたの友達は、私ですら出会って数時間の赤ちゃんじゃなくて、“私”じゃないの!? ていうかそういうこと言うキャラだったっけ?……私は寂しくなりました。

 では、みんなはどんな出産報告をアップしているのかと言うと、

「命という奇跡に感謝します」
「お父さん似の可愛い女の子☆ 健やかに育ってね」
「やわらかい肌、ミルクのいいにおい、赤ちゃんって、幸せのかたまりだね」

 などなど、神聖かつあたたかく、ポエティックな文言が。ちょっと待てあんたら、本当にそんなん思ってる? 出産直後に? 嘘こけや。これって彼女たち個人の言葉のフリをして書かれているけど、みんながイメージする“母性”を表現しているだけなんじゃないでしょうか。

 母親になったからには母性を持たねばならず、母性は出産したら即芽生えるもので(もしかしたら、妊娠中から芽生えるというパターンも)、というイメージを内面化している私たち。母性を持った母親は自己主張を極力控え、「自分のことは後回しっす、子ども最優先っす!」とアピールしなければいけない、そんなふうに彼女たちは思っていて、だから「子ども中心」の投稿・コメントにシフトするのかもしれません。

 しかし私の投稿はちっとも子どもの成長とか書かないし料理写真も載せないし、独身時代とテンションが変わらないので、たぶんSNS上の母親として不正解です。だから、「変わっていない(笑)」と釘を刺したくなるのでしょうか。

公の顔はママの顔

 若かったあの頃、くだらないことで笑いあったり愚痴を言い合った友達とは、もう心を通わせることはできないのでしょうか……。と、思いきや、「義母がムカつく」とか、「苦手なママ友がいる」とか、「夫が臭い」とか、「イヤイヤ期の子どもとの生活が限界で虐待しそうで怖い」とか、彼女たちが“私”として自己主張する瞬間も、もちろんあります。でもそれはたいてい、LINEトークだったり会って話したりの“水面下”で見せる一面。上記のような発言は、“公”には、出してはいけないようなのです。“公”、つまり、Facebook。

 “公”って一体、誰に向けているんでしょうか。友達限定の投稿なのに、“公”? そして、「こうあるべき」という母性の型に頑張ってハマろうとして、それを見せて、マルをもらおうとしている。一体誰に正解を仰いでいるんでしょうか。彼女たちを見ていると、だんだん「私はわたしのまま、変わらないでいよう」と意固地な気にもなってきました。取り立てて“お母さんらしいイメージ”を強調することなく、自分なりに親業をやっていこう、ということです。たまに保育園で保育士さんや他の園児の保護者たちと接するときに、1mm思ったことを100倍くらいのテンションで言ってしまうことがあって(たとえば「子どもってほんと可愛いですよね~☆ あぁ~癒されるう~」とか)、自分でも笑ってしまうんですが。

 最後に、FB云々とは無関係ですが、【お母さんのイメージ】についてもうひとつ。以前、長子を連れて元職場の人たちに会ったとき、母親としてフツーに子どもと接する私を見た元同僚男性の言ったひとことが、数年経った今でも忘れられません。

「なんとあのはるが“母親になるなんて”な! はるも“ちゃんと母親だ”」

 いや、他意はないのかもしれません。でも、なんか、こう……すごく失礼じゃないか……!? “ちゃんと母親”ってなんだ? そこには、無意識に押し付けられた規範があるように思えてなりません。っていうか、何その上から目線! キーーーー!!

 ……こういう些細なモヤモヤを、ちょっと距離を置くようになってしまった友人たちと、また共有できる日がくることを願っています。

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