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2016年09月05日

カレー沢薫のほがらか家庭生活 (2) 新潟での家族旅行

提供元: マイナビニュース

今回のテーマは家族旅行である。

私の実家は車必須の田舎にも関わらず、私が就職で車が必要になるまで自家用車がなかった。よって基本的に家族でおでかけという概念がなく、私は高校を卒業するまでファミレスにさえ行ったことがなかったのだ。

しかし、家族旅行は毎年行っていた。父親の実家新潟への墓参り旅行だ。これは私が結婚し実家を出るまで、二十年以上欠かさず続けられた、今でも両親と兄はこれを続けている。逆に言えば、これ以外で家族旅行をしたことはない。

しかし、これは旅行と言うにはストイックすぎるものであった。強烈なこだわりと自分ルールがある父が取り仕切る旅なため、毎年毎年、寸分違わぬ同じルートを通る。よって私は、何回も新潟に行ったにも関わらず、父の実家と墓、父の母校、父の実家跡地のスーパーぐらいしか、新潟の名所を知らない。よって私は新潟の話を振られると、笹団子の話しかしなくなる。笹団子が美味いのもあるが、それ以上に新潟に関しての引き出しがないのだ。

だったら、一人で観光とかすれば良いのに、と思われるだろうが、この旅において、単独行動、特に私のソロ行為は厳禁であった。別に私が目を離すとすぐ人んちの犬をパクるとか、そういう悪癖があるわけではない。女が見知らぬ街を独り歩きすると、百発百中、拉致されるか殺されると思っているのである。

父は己の故郷を、世紀末都市かなんかと勘違いしている。もしくは私が知らないだけで、新潟はモヒカンジープがデフォルトで走っており、女子供が一人でうろついていると拉致、もしくはSATUGAIされる場所であり、父の実家や墓だけが安全地帯だったのかもしれない。

異常な心配性というのも私の家族(主に両親)の特性だ。漫画家としてデビューが決まり、挨拶のため上京すると言った時も、やはり「殺されるから行かない方がいい」と言っていた。私が基本的に家はおろか部屋からもろくに出ないのはこの「外に出たら基本的に殺される」という親の教えを守っているからかもしれない。

そんな自由度ゼロな旅なため、私はこの家族旅行がそんなに好きではなかったが、子どもの頃はそれとは違う理由でこの旅行が嫌いだった。

それは乗り物酔いである。私は昔から乗り物酔いがひどく、今でも酔い止めなしでは長時間乗り物に乗ることができない。新潟までの道のりは、新幹線、特急電車、バス、というあらゆる陸の乗り物を使って全行程10時間という、乗り物酔いキッズにしたら地獄としか言いようない旅だった。

今日は朝からアニソン三昧と同じノリで、10時間ノンストップでゲロ三昧だったのである。もはや「ゲロ」という競技のアスリートと言ってもいい。鈴鹿8耐よりさらに2時間多いのだから辛いに決まっている。

しかし今、大人になって考えてみると、10時間吐き続ける子どもの世話をする母親も相当キツかったんじゃないかと思う。思えば私の人生常にゲロは「吐く側」であり、吐かれたことがないのでわからないが、目の前で人に吐かれ、それを始末するのも結構ハードな競技な気がする。

思えば、私はゲロ以外にも、いまだに親を世話したことがないのだ。むしろ未だに世話になっている。なんだかんだで私にとって親は頼りになる存在であり、困っていたら助けてくれた存在だ。今でも金に困ったら消費者金融より先に親に借りようと思っている。

なので、このしっかりしていた親が加齢で世話が必要になったとき、私はショックを受けると思う。受けることはわかっているが、対処法は見つからない。多分それはないし「その時になったら、やっていくしかない」ものなのだろう。

あと、乗り物酔いと自由度のなさに比べれば些末なことだが、この家族旅行で地味につらかったのは、親戚との顔合わせだ。私は成人後定期的に無職になるという疾患を患ったため、親戚に「今なにやってんの」と聞かれたら「何も……」と、沢尻エリカをブサイクにしたような顔で(何もいいところがない)答える他なかった。

また、従兄弟が全員優秀という問題もある。みんな有名企業に就職し、今はバリだかロンドンにいる、控えめに言ってヒドイ差があるのだ。しかし私の親の「外に出たら死ぬ」という偉大な教えの次に偉いところは、従兄弟をはじめ、私を他の誰とも比べなかったところだと思う。

だが、せっかく親が他人と比べなかったというのに、私自身はとにかく自分を他人、時には会ったこともない他人と自分を比べて、本気で怒ったりしているのだ。

「仕事があって屋根のある家に住んでいるくせに、負け組を自称するな」と言われても、自分の立場は関係ない。例えもっと屋根がたくさんある家に住んでいようが、他人の方がいい生活をしているように見えるのだ。世間の基準から見て自分がどの位置にいようと、おのれ自身が自分を他人と比べ結果それに負けているのである。こういう人間は、どれだけグレードアップしようと、永遠にさらに上の(上のように見える)他人と比べるため、永久に負け続けるのである。

このように、親の教育は大事と言うが、親がどんなに公平に子どもに接しようと、子どもは勝手に藪の方に行くものなのである。

だが、「自分は自分、人は人」という教えは受け継げなかったが、何度も言うように、それよりも尊い「部屋から出ると死ぬ」という教えは、親の期待以上に受け継いだのでその時点で彼らの教育は成功である。

今日も一歩も外にでない予定だ。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全三巻発売中。
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